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故郷を想う

坂の無い尼崎市に嫁いで、今年で25年になりました。

子どもを育てる場所として、どこまでも自転車で行けるこの平坦な街はとても住みやすく、今後もっと年を取って足腰が弱くなれば、さらに体に優しい街だと感じることでしょう。

でも子育てが終わったここ数年は、自分が育った坂の街がとても懐かしく思い出されます。




故郷といっても、「うさぎ追いし かの山~ こぶな釣りし かの川~♪」のような田舎ではありません。

私が育ったのは神戸市垂水区星陵台で、当時の新興住宅地。

小学校の校区である、隣接する東舞子団地と合わせて、多くの人たちが移り住んできました。

丘陵地を開発した、現在と未来が開けた、過去(歴史)を持たない街。

お年寄りに接する機会はほとんど無く、差別とか同和地区という言葉を知らずに育ちました。




舞子の浜は、江戸時代の参勤交代で脚光を浴び始め、明治天皇は17回も来られていて記念の歌碑もあるそうです。

有栖川宮殿下が、保養地に最高の地と別荘を建てられ(現在の舞子ビラ)、富豪たちの別荘も建っていた風光明媚な景勝地。

でも私にとっては、浜からの海の景色ではなく、それを含めた、家々を見下ろす高台からの眺めこそが、みんなに誇りたい故郷の景色です。





思い出の場所はあちこちありますが、絞り込んでみるとそのほとんどが東舞子小学校区にありました。

坂の街ゆえ自転車に乗ることはなく、子どもの移動はどこでも徒歩。

放課後に訪ねた友だちの家や、そこに向かう道が子どもの速度でゆっくりとインプットされていったようです。





時が流れ、新しい街にも半世紀の歴史ができました。

歴史とは言えないほどの短い期間ですが、この地には明石海峡大橋が架かるという大きな出来事があり、街の様子がすっかり変わりました。

東舞子団地の跡地に建てられた高層マンションと整備された公園。 

またここに住みたいと思うような素敵な街になりましたが、海を眺めて共に育った友達とその家族はどこに行ったのでしょうか。

街が変るとは、人が代わるということなんですね。

もう見られなくなった景色だからこそ、記憶の中にある風景がとても大切に思えるのでしょう。








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プロフィール

響

Author:響
好奇心が旺盛の面白がりで、発見・気付き・初めてが大好物!
見た目はおばさん、中身はおじさん?の主婦です。
老後の自分へのプレゼントとして、楽しい思い出を書き留めるつもりで、時々更新します。

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