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舞子公園 その2

先週、新しく整備された公園を見てきましたが、それは南地区という場所だったようです。

私が知っている頃の公園は、どんな様子になっているのでしょうか。




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今回は、舞子駅を南に出て東に向かった、中央地区から入ってみました。




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入口には、読めない案内板が・・・。



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確認できる画像を探してきたものの、文章も読みづらいので、少し修正して載せておきます。




舞子の松林


舞子浜の風光は古くから詩歌にも詠まれ、多くの人に親しまれてきました。

「砂は雪より白く、数千株の松に高低なく、梢を等ふして、丈に過ぎず、枝幹屈曲をのずから見所ありて、葉の色殊に深くして、鴨の毛の如し」

明治33年に初の県立公園として舞子公園が開設されましたが、当時は施設と呼ばれるようなものはなく、「鳳凰の舞うがごとし」と賞された老松の林と海峡の風景が全てでした。

その後都市開発の波の中で、舞子浜の松と景観は大きな影響を受けます。

松林は海風に直接さらされ、波浪による塩害や車の排気ガスで、衰退を始めました。

昭和30年代には最悪の状況にいたりましたが、学識者の指導を仰ぎ抜本的な対策を行った結果、昭和40年代後半から後継樹が育ち始め、松林は回復のルートに乗ることとなりました。

そして昭和61年から始まった[明石海峡大橋]の建設にともない、順調に育ってきた松林は大改造されます。

松林の保全と拡大を優先して1000本以上の松が移植され、新たに公園に編入された作業基地跡地には、390本の松が植えられました。




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気持ちいい~。

でも、昔のような太い松はありませんね。

30年以上経っていても、まだまだ若木という印象を受けます。

だって、昔はこんなだったそうですから。





明治時代




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大正時代




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昭和時代の少年たちの乗りっぷりは凄いです。




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どっしりと構えた大木にも、寿命(樹命)があることに、みな思い及ばなかったのでしょう。











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舞子公園ではありませんが、隣接する舞子ビラにも行ってみました。




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玄関までは上り坂なので、こんな便利なものが設置されています。


傾斜にそって横に水平移動するこのエレベータは、きわめて珍しい機種だそうで、いつものエレベーターとは違う体感が味わえました。




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小学生の頃、夏休みにはここのプールによく連れて来てもらいました。

兄や友だちの結婚式もここだったし、地元の中学校の同窓会は毎回ここ。

そんな馴染みの舞子ビラですが、歴史を見返すと恐れ多い感じになります。








有栖川宮が「これこそ天下の絶景だ」と、この地をたいへん気に入られて別邸として建てられ、昭和天皇もお泊りになられたそうです。

  


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昭和41年に神戸市が買収し、原型の木造の家屋は破壊され、昭和45年に「市民いこいの家 舞子ビラ」となりました。

市民プールや鉄筋コンクリート造り5階建ての宿泊施設を建設したそうなので、私たちが泳いでいたのはまだ新しいプールだったんですね。

昭和56年には8階建ての別館も建設されたということで、兄が結婚式を挙げたのも新しい建物だったようです。







玄関を入るとクリスマスツリー。




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素敵なロビーを過ぎて庭に出ました。




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有栖川宮別邸の庭園に植えられていた、姫小松を生かすように設計されたお庭。

兄の結婚式の写真を見ても海は無く、この立派な松を背景にしたものばかりでした。

逆光になるからだと思いますが、海はいつも見ているので、写真に残しておくという意識が無かったのでしょうね。

それほど、当然のように私たちの子ども時代に寄り添っていた、海の景色です。





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いろいろ調べていると、大江千里の曲に「舞子VILLA Beach」というのがあると知りました。

それにまつわる話も読むことができ、また新しい発見ができました。








舞子ビラを西に戻ると、そこは舞子公園の北地区で、ここには遊具がいくつかあり、この日は幼児たちが遊んでいました。

静かに過ごせる中央地区と、子どもたちの元気な姿が見られる北地区。

その日の気分で、散歩のコースも選べますね。





舞子駅の方向に西に進むと、舞子公園の飛び地になっている西地区があります。

こちらは、通称「東舞子の厄神さん」と呼ばれている若宮八幡神社。

「 創建は不詳である。従古より厄除神として住民の崇敬が篤く、殊に東舞子の氏神として吾々住民ひとしく朝夕の御加護を蒙りつつある。」






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賽銭箱が無かったので、お参りだけしてきましたが、後で調べたら左下にある穴がお賽銭を入れる場所だったようです。









駅のすぐそばまで来ると少し遊具があり、ここにも石碑がありました。




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裏に刻まれた説明はこうです。

園銘石の題字について

明石海峡大橋の架橋にともなう舞子公園改修に際し、この公園を永く地元の皆さんにも親しんでいただくため、東舞子小学校児童・歌敷山中学校生徒の皆さんからの応募作品により選定しました。




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西地区だけでなく、他にもあるようです。

横には選ばれた人の名前も刻まれていました。

年もずっと若いし知らない人達ですが、母校の後輩たちだと分かると、この園銘石も愛おしく思えてきます。























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プロフィール

響

Author:響
好奇心が旺盛の面白がりで、発見・気付き・初めてが大好物!
見た目はおばさん、中身はおじさん?の主婦です。
老後の自分へのプレゼントとして、楽しい思い出を書き留めるつもりで、時々更新します。

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